なぜ取り組むのか——「インパクト投資」をめぐる究極の問い

なぜ取り組むのか——「インパクト投資」をめぐる究極の問い

2023年秋、慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)は初のインパクト投資ファンドを設立した。
社会的インパクトと収益性を両立することで、未来を変える。日本では未確立といえる、最先端の投資手法だ。
前例なき道を切り拓く試みを、いかに成すべきか。他に先駆けた実践に向けて、アドバイザーが招聘された。
アメリカでインパクト投資の最前線に携わる傍ら、日本の環境整備と普及活動に力を注ぐ須藤奈応。
なぜ、誰のために取り組むのか——。本質を問う対話のなかで、浮かび上がってきた手がかりとは。
アドバイザー 須藤奈応とKII 代表取締役社長 山岸広太郎の言葉から、インパクトへの想いをひも解いていく。

「インパクト投資」に取り組む、それぞれの意志

山岸:私が須藤さんのことを知ったきっかけは、2021年に刊行された『インパクト投資入門』を拝読したことでした。インパクト投資をめぐる方法論や実践例は、日本国内ではまだ少ないのが実情です。ご著書を読み進めながら理解を深めるとともに、私たちが対象とするディープテック領域で、かつシード・アーリーステージからインパクト投資に取り組むハードルを実感しました。国内に前例がない以上、グローバルな視点と最新の状況に通じた須藤さんにアドバイザーとして携わっていただきたいと思い、ご相談した次第です。

須藤奈応

須藤:私自身、アメリカでインパクト投資の普及促進に取り組む財団「Impact Frontiers」でリサーチや提言活動に携わりながら、個人として日本の環境整備にも貢献したいと考えてきましたので、とてもありがたいお話だと思いました。
実際に、日本においてはグローバルなインパクト投資の推進ネットワークGSG(The Global Steering Group for Impact Investment)の国内諮問委員会に参画したり、インパクト投資にまつわる海外情報をピックアップし、その概要と解説をお届けするニュースレター「ImpactShare」などの活動に従事したりしてきましたが、KIIの取組みにはこれまでにない印象を覚えました。
具体的には、アセットオーナーであるかんぽ生命と慶應義塾がインパクト投資領域を中心として相互に連携・協力し、ともに社会課題解決とイノベーション創出の実現に努めていくという発表を目にしたこと。資金の出し手と運用者が一体になってスタートアップを支援する、素晴らしい取り組みだと思いました。さらに「アカデミアの知見で社会を変えていく」というビジョンにも共感し、ぜひ貢献したいと思ったのです。

山岸:インパクト投資について、須藤さんは社会課題の解決を導く目線と、金融にまつわる知識の両方に通じておられます。私たちとしてもインパクト投資に限らず、広く金融面の知識を掘り下げる必要性を感じていました。その上でも、22年9月より毎月のミーティングをお願いできることになり、大変ありがたいと思ったのを覚えています。日本とアメリカをつないでオンラインでの実施ながら、これまでもかなり濃密な時間を共有させていただいてきました。

KII

KIIオフィスにおけるミーティングの様子。

須藤:そうですね、第1回目のことは私もよく覚えています。スタートからたくさん質問が飛び交って、ものすごい密度とスピード感だと思いました。事前に質問をいただき、コメントを考え、ミーティング後に参考資料をお送りして……みなさんの熱気をひしひしと感じました。
例えば「IMM(Impact Measurement & Management)」※1の導入にしても、IMMはあくまでツールであって、それによって「何をするのか」が問われます。IMMを追求していくと、組織内の変革(チェンジ・マネジメント)の壁にぶつかります。携わる人自身にも体制や意識の変革が求められますし、投資家の理解や共感を得るためには、トップの方から担当者に至る一人ひとりが確かなモチベーションを持って臨まなければなりません。この点で、KIIにはさまざまなハードルを突破できるだけの経営トップのコミットメントに加え、メンバーの強い意志と熱意を感じました。

「社会を変える」教科書なき命題と向き合う日々

——KIIは2015年の設立より、アカデミアの知見を社会に実装し、課題解決につなげることを目的として掲げてきました。当初からインパクト投資とも通じる意識を持っていた点は、大きなアドバンテージといえるのではないでしょうか。

山岸:目的意識においてはその通りです。ただしインパクト投資を実施する以上は、投資先のスタートアップがどう社会に貢献し得るのか、どのくらい成長の可能性があるのかを、投資家サイドへ明確に提示し、理解してもらわなければなりません。だからこそ、社会的なインパクトとファイナンシャルリターンがどう両立するかを説明するツールとしてIMMをはじめとするプロトコルを導入した上で、的確な情報発信をしていかなければならない。須藤さんとのお話を通して、そう気づかされました。

山岸広太郎

須藤:事業を通じて社会課題の解決を目指すといっても、それをどう言語化し、共通の理解につなげるのか。さらに、それがエンドステークホルダーの便益にどう結び付いていくのか。まずは携わるキャピタリスト自身が理解し、表現できるようにしなければなりません。
そういえば、最初のミーティングで「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)※2を策定したい」という要望をいただいた時、KIIのウェブサイトを拝見して、その理念はミッションステートメントとしてすでに表現されていると思いました。だとすれば私にできるのは、KIIのみなさんがあらかじめ突き詰めようとしていたことを精緻化したり、解像度を上げたりするお手伝いをすることだと考えたのです。

山岸:2号ファンド設立時に策定したミッションステートメント「その研究が、その発明が、そのイノベーションが、社会を変えるまで。」のことですね。おっしゃる通り、自分たちなりに考える努力をしてきたのは確かです。ただ、3号インパクトファンドを組成するにあたって「これでいいのだろうか」と判断に迷うところがあり……毎回、須藤さんにあれこれご相談する形になりました。

須藤:私としても、いろいろと指摘を入れながら視点を掘り下げていきました。「このアウトカムはなんですか」「ここのロジックがつながっていませんよね」とか、「KIIとして、どのようなインパクトを創出したいのですか」など。
実感として、日本を含むアジア圏では多くの人が「こうすれば大丈夫」という教科書的な回答を欲しがります。それに対して私は、何よりもまず「正解はありません」と言うようにしています。参照するべき方法論や、ある程度決まった検討項目はあるにせよ、それをどう適用し、実装するかは各社がファンド戦略と照らし合わせながら考えていく必要があるからです。

KIIにおける、社会課題解決の骨子となる考え方「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)」をまとめた表。ミッションステートメントを元に、目指すべき「究極成果」や存在意義を表す「パーパス」についても言語化を行った。

——この10月にKII3号インパクトファンドを設立されました。現段階で、どんな手応えを感じていますか。

山岸:これまで須藤さんに伴走いただいて準備を重ねてきましたが、いよいよ「どうやるのか」が問われるわけです。気が引き締まる想いですね。

須藤:実情として、この領域の取り組みはいまだに国内事例が少なく、参照資料のほぼすべてが英語の状態です。それだけに、KIIの実践こそが日本の最前線といえると思います。しかも、私がお話しできるのは基本的な考え方にすぎません。それをみなさんがどう実行し、どうインパクトを創出していくのか……私にとっても大いに興味があり、やりがいを感じるところですね。

未来のために自らを問い、前例なき道を切り拓く

——ここからのKIIと須藤さんの協働について、目標やビジョンがあれば教えてください。

山岸:ようやくインパクト投資ファンドの運用フェーズに入ったばかり、これからが本番です。インパクト投資だからこそできることについて、どう伝え、どう理解してもらうのか。キャピタリスト一人ひとりのリテラシーを上げながら、情報発信を含めて丁寧に取り組まなければならない。対象となる事業や領域ごとに課題解決のストーリーが異なっており、手順が画一化できないため、一つひとつ向き合っていくしかないと考えています。

須藤:そこがキャピタリストの腕の見せどころであり、おろそかにしてはいけないところだと思います。ただ、KIIのみなさんは、すでに“IMMの議論の深み”に到達しているように思います。その深みをどう追求し実践していくのか、期待しています。
そもそも「どうやって(How)社会を変えるのか」という問いには、定石通りの答えは存在しません。だからこそ常に、「なぜ(Why)インパクト投資をやるのか」を問い続けなければなりません。ファイナンシャルリターンの受け手は株主ですが、インパクトリターンの受け手は地球や人々です。株主のみに焦点を当てたアプローチから、大きな発想の転換が必要になるわけです。
その上で、インパクトを追求する機関投資家は、自分たちの行動が地球や社会の未来に良い影響をもたらしているかどうかを絶えず自問自答しています。そして、組織の枠を超えて学びを共有し、互いに切磋琢磨しています。投資家であれ起業家であれ、立場を超えてともに考え続ける姿勢が大切ではないでしょうか。

須藤奈応 山岸広太郎

山岸:その点、KIIにはシード・アーリーステージからディープテックのスタートアップに携わるという、難易度の高い仕事を選んでくれた意欲あるキャピタリストが揃っています。金融面のリターンばかりを追い求めるのではなく、社会を変えるために収益的にも持続可能な仕組みを作りたいという想い、これこそが私たちの強みかもしれません。

須藤:まさしくそう思います。私もまた、世の中に貢献できる仕事に就きたいと考え、Impact Investment Exchange Asia(シンガポールに拠点を置く、社会課題解決に取り組む起業家と投資家を結び付けるためのプラットフォーム)に携わった際、従来の資本市場のあり方では応えきれないニーズや課題があると気付かされたことが契機となり、インパクト投資に関心を持つようになりました。
投資を通じてよりよい社会への変革を追求する方々とともに歩んでいけることは、私にとって大きな喜びになっています。

山岸:私たちにとっても、自らの存在意義を問い、これまでの枠組みを超えた視点や大きな協力体制が求められるチャレンジです。それだけに、須藤さんとご一緒できることは本当に心強い限りです。ぜひ引き続き、どうぞよろしくお願い致します。

須藤:ありがとうございます。インパクト投資業界の拡大に必要なことは、多様なリスク選好を持つ機関投資家の存在です。アメリカの状況を見ていて感じるのは、財団から金銭的リターンを重視するファンドまで、参入者が極めて多様性に富んでいること。一方で日本では、新規参入がまだ始まったばかり。だからこそ、実践者が互いに課題や学びを共有することが非常に重要ではないでしょうか。KIIには、実践を通じて社内で知見を積み重ねるだけでなく、広く業界のけん引役としても活躍してほしいと期待しています。私も微力ながら貢献できればと思いますので、ぜひ引き続きよろしくお願い致します。

※1:IMM(Impact Measurement & Management/インパクト測定及びマネジメント)
インパクト投資の社会的効果を測定するために、インパクトを特定、管理、報告し、そのサイクルを改善に活かしていくといった一連のプロセスのこと。
出典:須藤奈応『インパクト投資入門』日本経済新聞出版、2021年
※2:セオリー・オブ・チェンジ(Theory of Change/ToC)
どのように、なぜ期待される変化が生まれるのかについて包括的な見取り図を表したものをいう。
出典:一般社団法人セオリー・オブ・チェンジ・ジャパン
http://www.theoryofchange.jp/whatistoc