人類の未来を担う“究極の電池”に懸ける想い

人類の未来を担う“究極の電池”に懸ける想い

未来の膨大なエネルギーリソースを賄う方法を、どのようにして確立するべきか。
人類の難問と正面から向き合い、先導的なビジョンと技術力で躍進を遂げてきたスタートアップ、APB。
リチウムイオン電池の常識を覆す革新的な次世代型電池「全樹脂電池」の普及に向けて、創業から3年で世界初の量産工場を設立、グローバル展開に照準を定める。
「世界のエネルギーシステムを根底から変革したい」。その理念の下に協働する代表取締役の堀江英明とKIIの投資担当者・木下秀一、それぞれの社会的使命とは。

革新的な電池技術の社会実装を目指して、協働を開始

堀江:私はかつて日本の大手自動車メーカーで約20年にわたってEV(電気自動車)用の高性能電源システムの研究開発に携わり、東京大学の人工物研究センターと生産技術研究所を経て、現在は慶應義塾大学政策・メディア研究科で今後の社会の基幹となる新エネルギーシステムなどの研究を行っています。2018年10月にはAPB株式会社を設立し、社名の由来にもなっている次世代型リチウムイオン電池「全樹脂電池(All Polymer Battery)」の開発と量産化を進めているところです。

木下:堀江さんとKIIの接点は、慶應義塾大学教授の村井純先生から「革新的な技術の実用化を考えている先生を紹介したい」と連絡をいただいたことに遡ります。実は堀江さんのお名前は、黎明期からリチウムイオン電池の開発に携わってきた第一人者としてかねてから存じ上げていましたから、不思議なご縁を感じました。

堀江:村井先生は“日本のインターネットの父”と呼ばれている方ですが、私にとってはKIIとのご縁と、起業への道筋を与えてくださった方です。当時の私は、勤務先の自動車メーカーが電池事業を売却することになり、超長期的な視野で取り組んできた研究の継続が危ぶまれている状況でした。自動運転車やドローン、AI(人工知能)など、今後の社会の発展を見据えると、今の電池技術の延長でそれだけのエネルギーソースを賄うことは不可能です。長期的な視点に立てばこそ、私が研究してきた全樹脂電池が貢献できるはずだと思い、起業を決意しました。
その上でこの全樹脂電池は、これまでのリチウムイオン電池の次の時代、いわば第二期を担う存在だと考えています。第一期は1990年代初頭から30年を経て大きく普及を遂げましたが、飛行機などへの持ち込みが制限されているように、劣化や変形によって内部の金属部品がショートすることで発火や爆発の危険性があり、生産コストも高く、リサイクルの面でも難点がある。それに対して私が取り組んできた全樹脂電池は、電極などに金属を用いる必要がなく、骨格や集電体も樹脂製のため、高い安全性や信頼性に加えて自由な形状設計が可能で、可変性や生産性にも優れています。そして私にとって幸運だったのは、木下さんがこうした分野に知見のある方だったこと。「この技術を必ずや社会に役立てたい」という私の想いを、すぐに理解してくださったことです。

木下:実は、前職で電池事業の立ち上げの投資に携わった際、新しい電池を一から作り上げて世界規模で展開する事業の難しさを身をもって経験したのです。この分野の事業の立ち上げは資金調達もベンチャーキャピタルだけで賄える規模ではなく、大きな事業会社を巻き込んでいく必要がありますが、堀江さんはそうしたビジネス上の事情についても精通されていて、私に信頼を寄せてくださったと感じています。私もまた、最初に堀江さんからお話をうかがった時点で「これなら、あと少しで実現できるはずだ」と、思わず興奮したことを覚えています。

APBの全樹脂電池。負極集電体と正極集電体を積層したシンプルな構成による「バイポーラ構造」が特長で、生産コスト面でも大きな優位性を発揮する。

起業3年で工場設立、グローバル展開を急ぐ理由

堀江:会社設立にあたり、私がまず木下さんと共有したかったのは、電池で新しいプラットフォームを築き上げるために必要なスケール感とスピード感でした。すでにヨーロッパを中心に大手の電池事業へ投資が進んでいる状況下で、グローバルな競争に打ち勝つためには100億円単位の資金調達では到底足りない。そのビジョンをすぐに共有でき、実現のためのストラクチャーを構築できたのは、大変ありがたいことでした。

木下:グローバル市場において電池産業は非常に参入障壁の高い業界の一つです。特に立ち上げたばかりのスタートアップが工場設立の資金を調達するのは、銀行の融資はもちろん、増資で調達するのも相当に難しいというのが常識的な見方です。それでも私にとっては、「堀江さんが長い時間をかけて研究に取り組んでこられた革新的な電池を、いよいよ社会実装する時が来た」という気持ちが、大きなモチベーションになりました。

堀江:実は私自身、07年から東京大学で研究に携わっていた頃は、このまま研究の世界で生きていこうと考えていました。ところがある時、海外の複数の投資会社からインタビューを受ける機会があり、深く考えさせられたのです。ちょうどEVの時代が幕を開けた頃のことですが、今後のポテンシャルを見据えて日本の電池産業の実態を探りに来たのでしょう。結果的に、日本ではなく中国や韓国が投資先に選ばれたのはご存じのとおりです。それ以来ずっと、「このままでいいのだろうか」という危機感を抱き続けてきました。

木下:その状況を切り拓く上で、APBには世界随一といえる数多くの技術があります。APBの全樹脂電池の特長である「バイポーラ構造」にしても、堀江さんが20年以上前に提案され、共同研究先とともに実証やデータを重ねてこられた賜物です。これらの成果をいち早く実用化していくために、資金のステージを創業の準備と初期の会社の運営、そして3年間で工場を設立するという3段階に分けて考え、私自身もAPBの社外取締役としてハンズオンの体制で力を注いできました。

堀江:バイポーラ構造は負極と正極の集電体を積層しただけの簡素な構造のため、低コストで生産できるなど、数多くのメリットがあります。問題は、こうした技術をどのように展開できるかです。まずは創業から3年後に一次工場を設立し、そこから一気に量産体制を広げていく必要があると考えました。現在は設立から3年余りが経過したところですが、その間に約100億円の投資を受け、世界初となる全樹脂電池の量産工場を建設し、生産に着手するという計画を達成できているのは、まさに木下さんのご尽力のおかげだと感じています。

壮大なビジョンを胸に、それぞれの社会的使命に邁進する

木下:ありがとうございます。私自身、開業したばかりの新工場でAPBの3周年式典を迎えた時は、これまでの道のりがいろいろと思い起こされました。例えば、一次工場の設立には準備に約2年かかるため、まだ会社の設立前の段階から1年で約100億円の目処を付ける計画に臨んだこと。それを1年余りで実現し、予定どおり一次工場を開設できたのは、堀江さんご自身に明確な事業のビジョンがあったからに他ならないと思います。

世界で初めての全樹脂電池の量産工場として2021年に開設された、APB福井センター武生工場。

堀江:福沢諭吉が掲げた「実学の精神」にもつながりますが、私が携わっている工学も学問である一方、より広い視野で社会の役に立たなければならないと考えています。そして、そのためには「できる」という信念が何よりも大切です。私自身の経験を振り返っても、信念がない人間が何百人集まったところで社会は決して動かせない。その上で、私にとってEVや次世代型電池の開発は単なるスタートであり、本丸は世界のエネルギーネットワークの基盤を作っていくことにあります。だからこそ、まずはリチウムイオン電池の第二期をここ日本の地で、しっかり確立したいのです。

木下:これだけのチャレンジを、日本のスタートアップが設立3年にして実現している。まさに驚くべきことだと思います。しかし、そのビジョンを実現するには、これまでとは桁の異なるステージに踏み出していかなければなりません。競合となる世界の大手各社が次々に新電池の工場設立に乗り出していますが、部品点数が少なく製造のスピードやコストに優れるなど、他の追随を許さない技術特性が最大の武器になると考えています。
さらに、それだけの見通しがあるからこそ、KIIも創業時の設立投資に続いて、設立後の運用の投資を進め、さらにKIIが工場設立の種銭にあたる投資の先陣を切る形になりました。決して大きな金額ではありませんが、それが最初の実績となり、大型の調達につながったことに、確かな手応えを感じています。

堀江:今は工場が稼働したばかりですが、目下の目標はここを足がかりに量産体制を確立し、数年後を目標に大規模なマザー工場を設立すること。そして、この電池製造のアライアンスメンバーを募ることです。我々の電池は全自動化された製造プロセスや材料の内製など、垂直統合によって製造コストを従来の10分の1以下に抑えることが可能です。この工場設備自体を世界各地で展開してもらえば、エネルギーの価値自体を変える動きにつなげていけると考えています。

木下:その壮大な道のりに向けて、私の役割は堀江さんのビジョンを計画や数字に落とし込み、引き受け手の方々の目線に立って、増資の判断につながる説明をしていくことです。これまでも共同研究先からの技術移転や、事業会社との提携などの課題に加え、資本政策上の株式のシェアなどを想定した組み立てについて、APB社内の方々と相談しながら進めてきました。KIIとしても、調達額の大きさだけを成果として捉えるのではなく、事業の社会的な意義をしっかり見据えながら、引き続き支援に取り組んでいきたいと考えています。

堀江:人類は数十万年もの間、瓶(かめ)に水を貯めてきましたが、私が作っているのは電気を貯めることができる、いわば“魔法の瓶”といえるでしょう。それをなるべく早く、コストをかけずに広げていくことで、エネルギーのあり方そのものを変革できるというのが、私の考えです。具体的には、この次世代型電池を自由な形や大きさで既存のモノに組み込んだり、大型蓄電池として定置したりすることで、新しいエネルギーのネットワークをつくり上げていく。石油依存からの脱却を想定し、世界中のさまざまな立場の方々と協力しながら、数十年スパンで社会全体の体質を変えていきたい。つまり、私がつくりたいのは単なる電池ではなく、金融システムのようにエネルギーを社会で回していくことで豊かになる仕組みそのものなのです。この使命を果たすべく、これからも全力を尽くしていきたいと思います。

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