“センスを学習するAI”が導く多様性のビジョン

“センスを学習するAI”が導く多様性のビジョン

20世紀型の大量生産・大量消費から、より多様な個性が輝く、カラフルな未来へ。
人それぞれのセンスや嗜好を学習する人工知能「SENSY」をサービス展開するAIベンチャー。
慶應義塾大学での研究から社会実装へと至ったモチベーションの行方とは。

人間の感性を理解する、1人1台の人工知能を開発

私たちが展開するサービス「SENSY」は、人間の感性(センス)を理解する、1人1台のAI(人工知能)です。具体的には、2015年9月より伊勢丹新宿本店にて、SENSYによる接客サービスを実施しているほか、酒類における「AIソムリエ」のアプリケーション開発など、食の分野にも領域を広げています。接客時にはタブレットPCを使い、お客様に「いいな」と思う洋服やワインなどの感想をインプットしていただき、おすすめの商品を紹介する仕組みです。このサービスを店舗だけでなくECサイトでの接客や、マーケティングツール、DMやメールマガジンなどにもつなげることで、AIによる商品の需要予測や、ものづくりを最適化するソリューションも展開しています。また、BtoBに限らず、スマートフォン用のファッション人工知能アプリなど、BtoCで消費者向けのサービスも展開しています。
ファッションや食は主に人間の感性に関わる領域のため、AIを導入することに驚かれる方も多いと思います。私はもともと、慶應義塾大学理工学部でAIのアルゴリズム研究に携わっていました。その中で、自分のやりたいことは技術そのものの追求ではなく、それによって新しいものを生み出し、社会に新しい価値を提供することだと気付いたのです。そのためのビジネススキルを身に付けるべく、起業家プログラムへの参加を経て、コンサルティング企業に入社し、さまざまな業種の事業戦略や業務改革を担当しました。
そこで目の当たりにしたのが、アパレルメーカーが抱える大量の在庫でした。流行の移り変わりに加えて、ファッションは個々人の趣味嗜好やセンスに大きく依存するため、需要を予測することが極めて難しい。なるべく多くの新商品を取り揃える必要があるものの、それが大きな無駄を生み出して経営を圧迫し、そのコストやリスクが消費者にも転嫁されている。AIで人の感性を解析することができれば、この問題を解決できるはずだという確信を得て、2011年にカラフル・ボード株式会社を設立しました。

ファッション、食……在庫リスクに対する画期的取り組み

設立当初は、約2千人のクリエイターとネットワークを作り、企業の商品企画を支援するクラウドソーシング事業「カラフル・ボード」を運営し、Jリーグやミュージシャンなどのグッズ制作企画なども請け負っていました。そこで得たユーザーの好みや評価に関する知見は、2014年にスタートしたSENSYの事業にも活かされています。
SENSYでは、商品の画像や説明文など、企業側が持っているマスターデータと、お客様の購買履歴やサイト閲覧履歴のようなビッグデータの両方を解析します。洋服の場合、商品の画像から特徴を抽出し、お客様がそれを選ぶポイントが色なのか、柄なのか、シルエットなのか……といった理由を分析していきます。人の洋服の好みを言葉で正確に表現するのは難しいものですが、そのイメージをAIで再現していく感覚ですね。さらに、商品のレコメンデーションというと多くの方がAmazonのレコメンデーションを思い浮かべますが、SENSYの場合は大多数の購買履歴から統計的に似ている人の嗜好を提示するのではなく、その人の感性を分析して、より好みに近いものを提案できるのが大きな強みです。
一方、企業にとっては販売予測における生産の効率化以外にも、あらゆる局面でメリットが生まれます。マーケティングの領域では顧客の反応を分析し、集客の効率化を図る。接客面では、店舗を訪れた方のコンバージョンを上げていく。カスタマーサービスでも、お客様の感想やレビューを収集するチャットボットなどを提供しています。これらを単発ではなく、一気通貫したSENSYのソリューション上で紐付けすることで相乗効果が生まれ、データを蓄積すればするほど、その精度が高まっていく。SENSYが目指すのは、それぞれの局面に特化したサービスや部分の最適化ではなく、産業全体を最適化するプラットフォームの構築なのです。

AIが導く、カラフルで多様な未来のかたち

こうした取り組みには、慶應義塾大学理工学部の恩師である、相吉英太郎教授とのAIに関する共同研究が大きな効果を及ぼしています。2016年には、理工学部出身の起業家を表彰する「矢上賞」をいただいたことがご縁となって、KIIの山岸広太郎CEOとお会いし、支援が決定しました。資金面だけでなく、これを機に慶應義塾出身の経営者の方々とつながる機会が増えるなど、さまざまな展望が開けてきたと感じています。
タイミング的には、AIに対する興味や期待の高まりも、大きな追い風になっています。AI関連の技術が話題に上る機会も格段に増えましたが、独自技術を自社のサービスとして展開し、具体的な成果を上げている例はまだ多くありません。KIIの支援を得ながら、今後ますます必要になる優秀な研究者を理工学部と連携して採用するなど、今後に向けた取り組みも進めていきたいと考えています。
これからの展望としては5年後を目標に、アパレルから食、本や旅行などライフスタイルの全領域へ対象を広げながら、日本のみならず、グローバルにサービスを展開していきたい。例えば、ワインを飲んでいる方の食生活や好みをふまえつつ、日本酒が合うシーンを具体的に提案することもできるでしょう。AIの進展は目覚ましく、10年後にはこの技術を取り巻く環境や市場も大きな変化を遂げていることは間違いありません。それまでにSENSYのプラットフォームを確立し、誰もが自分用の「ドラえもん」のような、1人1台のパーソナルAIを持つ未来を現実のものにしたいと考えています。
弊社の社名のうち、「カラフル」には多彩なデザインとともに多様なコンテンツが流通する世の中を作りたいという想い、「ボード」にはボーディングパスのイメージに世界へ発信するという意味を重ねました。社員一人ひとりが意識を持ち、あらゆる企業と連携しながら社会を変えていくという願いを込めています。従来のマスプロダクトのように画一化されたものではなく、これまでは合理化の過程で見捨てられてきたようなニッチなアイデアと、それを本当にほしいと思う消費者の気持ちをつないでいく。そうすれば、ファストファッションに代表されるような大量生産・大量消費とは真逆の、より個性的で多様なコンテンツが無駄なく流通する状況が訪れるはずです。
新たな技術によって、まだ世の中にない価値を生み出したい。この想いを忘れずに、これからも社会のために成長を続けていきたいと考えています。
(この記事は2017年3月30日に掲載したものです。カラフル・ボード株式会社は2017年11月にSENSY株式会社に社名変更しました。)