人類を“目”から健康にするビジョンの行方
人類は今、深刻な“目の問題”に直面しているーー。
近視やドライアイ、老眼がもたらす眼機能の低下は不眠やうつ病など数々のリスクにつながるというのだ。
この社会的な課題を前にサイエンスの力を結集し革新的なソリューションを生み出し続ける坪田ラボ。
独自のビジネス実践から、新たな眺めが見えてくる。
現代社会の“目の問題”に、革新的ソリューションで立ち向かう
弊社のミッションは、「イノベーションで、世界をごきげんに、健康にする」こと。慶應義塾大学医学部発ベンチャーとして、同学部で培われてきた眼科領域の医学的・科学的な研究成果を広く社会に役立てるための実用化に取り組んでいます。具体的な重点領域としては近視、ドライアイ、老眼が挙げられますが、これらをはじめとする健康・医療分野のイノベーションを目指して、数多くのパートナー企業とともに医薬品やサプリメント、医療器具、健康グッズなどの開発を進めてきました。
その背景にあるのは、生活習慣の変化がもたらした、現代人の健康にまつわる社会課題。眼科分野でも、視覚情報化社会の進展によって室内で目を酷使する機会が増える一方、屋外で過ごす時間が減少しています。そして、その影響は“見る”という行為に留まらず、脳や身体全体にも大きな影響を与えているのです。
その一つが近視です。失明のリスクにもつながる疾患でありながら、世界の近視人口は急激な増加傾向にあり、このままでは2050年に約50億人に達するという調査結果もあります。
ドライアイに関しても、目の不快感や視力の低下だけでなく、生産性や睡眠の質の低下、うつ病とも関連することが研究によって判明しています。老眼についても同様に、身体全体の老化や認知症のリスクにもつながることがわかってきました。
こうした問題に対し、坪田ラボではパートナー企業とともに数多くの製品を世に送り出しています。近視の例を挙げれば、製薬会社とともに近視の予防につながるサプリメントや、後ほどご紹介する「バイオレットライト」にまつわる研究成果を元に、子どもたちの目を近視から守るための新たなソリューションを開発。ドライアイについても、メガネブランドの「JINS」と共同開発した目の乾燥を予防する機能性メガネ「JINS PROTECT MOIST」が製品化されています。
ここで重要なのは、これらの問題は医療の領域だけに収まるものではないということです。もっと大きな視野から、生活やクオリティ・オブ・ライフ(QOL)そのものに関わる問題として考えていく姿勢が必要です。
現代人は、医学や科学の発展によって寿命も伸び、年を取ってもこれまでになく元気で豊かな生活を送ることができるようになりました。だからこそ、“病気を治す”という範囲に留まらず、広く健康の増進に努めながら、人生の価値を高めていかなければなりません。それが、坪田ラボが掲げる「イノベーションで、世界をごきげんに、健康にする」というミッションの理由です。
「サイエンスをコマーシャリゼーションする」決意の理由
実は、人間にとって光はものを見る行為に関わるだけでなく、私たちの身体全体に大きな影響を与えています。よく知られているブルーライトと人間の体内時計との関係もその一つですが、私たちはブルーライトよりもさらに波長の短い紫色の光「バイオレットライト」が、近視の進行を抑制する可能性を発見しました。
少し専門的な話になりますが、ヒトの目には進化の過程で獲得した、光を信号に変換する9種類の光受容体が見つかっています。光受容体とは、光を感知する細胞や組織のことですが、そのうち4つは視覚に関するもので、5つは視覚に関係しないものです。その視覚に関係しない光受容体の中に「OPN5」という光受容体があります。このOPN5をバイオレットライトが刺激して、近視の進行を抑制している可能性がみえてきました。
バイオレットライトは太陽光に含まれる波長360〜400ナノメートル領域の紫色の光ですが、電球や蛍光灯など通常の屋内照明には含まれません。そして、子どもの近視が急激に増加している背景には、外遊びが減って太陽光を浴びる時間が不足していることがわかってきたのです。その太陽光の中のバイオレットライトの不足により、近視の子どもが増えていると我々は考え、いくつかの研究を重ねて、バイオレットライトで近視を予防できる可能性を導き出しました。
弊社ではこの知見に基づき、世界で初めての近視進行抑制メガネ型医療機器をJINSと共同で開発し、臨床試験を進めています。私が今、着用しているのはそのプロトタイプで、フレーム内にバイオレットライトの放射ライトを備え、1日の照射時間をコントロールしながら、見た目は通常のメガネと変わらないデザインになっています。
そもそも何故、こうした活動に取り組むことになったのか。それには、ある危機感が関係しています。欧米の医学部では、医師や研究者が率先してベンチャーを立ち上げ、創薬や新たな治療法の社会実装に取り組む動きは珍しくありません。にもかかわらず、私が坪田ラボを設立した2015年の時点で、慶應義塾大学医学部からベンチャー企業を立ち上げる動きはごく限られたものでした。
本学医学部には数々の優れた研究成果があるにもかかわらず、“象牙の塔”とも揶揄されるように、それを実用化して世の中へ広げていく姿勢が不足している。このままではいけないと、自ら実践に携わるべく、坪田ラボを設立したのです。
その上で重視しているのは、「サイエンスをコマーシャリゼーションしていく」姿勢です。日本の大学発ベンチャーは往々にして研究開発など“サイエンス”の側面に偏っており、スモールビジネスから抜け出すことができずにいます。しかし重要なのは、それを具体的なビジネスとして世の中へ実装していく取り組み、即ち“コマーシャリゼーション”とのバランスです。
私は2017年から慶應義塾大学ビジネススクール(KBS)へ通い、MBAを取得しました。ビジネスの考え方を身をもって理解することで、資本政策や事業戦略、営業力を高めるべく取り組み、スタートアップとして早々に黒字化を達成することができました。現在までに30社以上の企業とパートナー契約を締結し、数多くの製品を世に送り出してきたのも、その成果の一端といえるでしょう。
イノベーションへの想いを力に、明日の健康を切り拓く
弊社のビジネスモデルは、医療・健康分野において未だ解決法のないニーズ(アンメット・ニーズ)に対して、医学研究から新たなソリューションの開発、社会実装までをつなぐ役割を担うことにあります。これは、慶應義塾大学医学部の研究成果を元にパートナー企業と開発契約を締結し、ビジネスとして実用化していく取り組みでもあります。
一方で2019年には、Heartseed株式会社、株式会社ケイファーマとともに慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会を設立。本学医学部発のサイエンスの知見で世界の健康問題に貢献していくために、力を注いでいるところです。
その点からいえば、KIIは慶應義塾大学オフィシャルのベンチャーキャピタルとして、私たちと目的を共有する同志ともいうべき存在です。山岸広太郎代表取締役社長には、坪田ラボの設立やベンチャー協議会の立ち上げなど、折に触れてご協力をいただいてきました。これも本学発のサイエンスを社会実装していくというビジョンの賜物だと感じています。
私自身についてお話しするなら、かつて臨床に携わる中で得た、ある気付きがモチベーションになっています。自分が手術をして白内障を治せば患者さんはハッピーになり、自分もハッピーな気持ちになる。でも、その手術に使う機材や眼内レンズは、どれも欧米メーカーのものばかり。つまり、治療をすればその分、お金が海外へ流出していく。要するに自分は、そうしたメーカーにとって単なる“顧客”にすぎないと気付いたのです。
これは眼科に限らず、日本の医療界、ひいては我が国全体の問題です。であれば自分は、顧客の立場を脱して、日本に外貨を呼び戻す側になりたいと思いました。そのために慶應義塾大学病院眼科診療部長の職を譲って坪田ラボを設立し、慶應義塾大学ビジネススクールへ通うなどしてビジネスの実践に努める傍ら、慶應義塾大学医学部発ベンチャー協議会の代表に就任し、本学医学部生のためのアントレプレナー育成にも携わってきたのです。
こうした経験を振り返ってみても、重要なのは社内であれ、パートナー企業の方々であれ、ともにビジョンを共有していくことではないでしょうか。というのも、私たちのビジネスは「ビジョナリー・イノベーション」という言葉に集約されます。人の心は、給料や福利厚生、将来のリターンなどの条件だけでは動かせない。そうではなく、「世界に広がるイノベーションを起こすんだ!」というビジョンが伝わることによって、優秀なスタッフをはじめ、リスクを取ってでも共同プロジェクトに携わるパートナー企業の方々に恵まれてきたからこそ、今があるのだと思います。
この“ごきげん”なビジョンを忘れることなく、サイエンスをコマーシャリゼーションする取り組みを、世界中へと広げていきたいと思います。
【公式サイトへのリンク】
https://tsubota-lab.com/