光×超音波で照らす画像診断の新時代

光×超音波で照らす画像診断の新時代

CT、MRIーー目に見えない人体の内側を写し出し、医療の発展を支えてきた画像診断の世界。
その分野で今、微細な血管網さえも3Dで描き出す驚くべきテクノロジーが、実用化を目前に控えている。
Luxonusによる「光超音波3Dイメージング技術」。
光と超音波で照らし出す、大いなる希望への道筋とは。

体内の構造を超高解像度で3D画像化する革新的技術

相磯:弊社は「光超音波3Dイメージング技術(PAI-3D/Photo Acoustic 3D Imaging)」を用いた新しい画像診断装置の実用化を目指して、2018年12月に設立された会社です。目に見えない体内組織を画像化する技術としては現在、超音波検査やCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(各磁気共鳴画像法)などが普及していますが、この光超音波3Dイメージングは患者の体に負担をかけることなく、血管やリンパ管などの立体的な形状を超高解像度で撮影することができる画期的な手法といえます。

技術の開発は06年からキヤノンと京都大学との共同研究として、14年から5年間は内閣府の「ImPACT(革新的研究開発推進プログラム)」の下で16機関が参加して進められてきました。このうち「ImPACT」で臨床研究を担ったのが京都大学と慶應義塾大学。私自身、プロジェクトに携わる中で、この成果を研究段階で終わらせずに世の中へ還元したいと考え、他の有志とともにこの会社を設立しました。

八木:私は、キヤノン株式会社で光超音波イメージング技術の開発に携わっていたのですが、「ImPACT」に研究開発構想「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」を応募して採択されたのを受け、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)へ出向する形で、ImPACTプログラム・マネージャーとして研究開発を推進してきました。リアルタイムで3次元のイメージングが可能な計測システムを開発するなど、着実な成果に恵まれましたが、「ImPACT」には5年間という期限があります。この技術を製品化して世の中に広めたいと考え、相磯先生に相談してベンチャーを立ち上げ、19年3月のプログラム終了をもって取締役CTOに就任した次第です。

光超音波3Dイメージング技術(右)とMRI(左)による、手の血管網画像の比較。

相磯:私の研究室では、血管解剖学の研究を数十年にわたって続けてきましたが、初めてこの技術に触れたときは、これまでに目にしたどのような手法よりも鮮明にはっきりと、血管やリンパ管の形状を撮影できることに驚きました。そして、これは病気の診断や治療、手術後の判定まで、さまざまな形で大きく役立つものになるとはずだという確信を得たのです。

八木:従来のイメージング技術との比較でいえば、超音波検査は解像度の制約があり、CTやMRIでは造影剤を用いたり放射線による被ばくが生じたりするために繰り返し実施することが難しいという問題に加え、血管というごく微細な組織に対しては、太いものを可視化するのが精一杯でした。これに対して光超音波3Dイメージングは、患者の体に負担をかけることなく、体内組織の様子を極めて高解像度に、3次元画像として描写できる点が大きく異なる点だと言えるでしょう。

光超音波3Dイメージング装置を用いた撮影の模式図。下部から光パルスを照射し、体の中の吸収体が熱膨張して発生した微細な超音波を半球型のセンサで捉え、リアルタイムで画像を処理していく。

「光超音波3Dイメージング」がもたらす医療革新

八木:技術的な原理としては、体にパルス光を当てた際に微細な超音波が発生する「光音響効果」を利用したもの。発生した超音波をセンサで補足し、体内組織の位置関係を解析して3次元座標上にプロットしていく仕組みです。この原理から、ラテン語で「光」を表す「Lux」と「音」を表す「sonus」を組み合わせたのが、「Luxonus」という社名の由来でもあります。

相磯:将来的には食品や機械製品にも応用の可能性がある技術ですが、私たちがまず焦点を定めているのは血管障害や乳がん、リンパ浮腫など、これまでの技術では早期の診断や治療効果の判定が難しかった病気の診断・治療です。

例えばリンパ浮腫はがんの治療に伴う副作用として知られていますが、手術でリンパ節を切除した部位が腫れ上がって、日常生活にも支障を来すこともある。基本的には、弾性包帯を巻いたりリンパドレナージをしたりといった温存的治療法がメインです。外科的治療として、顕微鏡を用いてリンパ管と静脈をつなぐバイパス手術がありますが、リンパ管をどの静脈につなげば有効なのかという評価が未確立で、非常に熟達した医師にしか実施できません。しかし、光超音波3Dイメージング技術を活用すれば、リンパ管と静脈を同時にイメージングでき、診断から手術法の確立まで、さまざまな恩恵がもたらされると考えられます。

八木:現在は京都大学と慶應義塾大学にプロトタイプ機を設置し、既に250症例以上の撮影を実施しています。撮影にあたっては、レーザー光から目を護るためのゴーグルを装着し、対象部位をセンサの上に置くだけ。一方で撮影装置の開発にあたっては、小型で高出力な波長可変パルスレーザーの開発に始まり、半球型の超音波センサ、大容量のデータ処理、AIによる3次元画像の解析に至るまで、非常に幅広い分野の研究者の協力を得る必要がありました。

相磯:こうした取り組みの結果、技術的には世界トップクラスのものができあがり、引き続きさまざまな検証や開発が行われているところです。実は、日本の技術が医療機器の歴史において世界の最先端に立った例はほとんどありません。これはその意味でも非常にまれなケースですね。だからこそ、この技術をできるだけ早く、病気に苦しむ患者さんの元へ届けたいと考えています。

プロトタイプとして開発された撮影装置「ワイドフィールド可視化システム」。患者はゴーグルを装着した上で、中央の四角い窓の上に対象部位が来るように体を横たえ、撮影を行う。

“第5のモダリティ”を目指して、この技術を育てていく

八木:今や画像診断技術は、医療現場の非常にさまざまな局面で活用されています。一般的ながんの場合ですが、まず検診で異常な所見があった場合、画像による精密検査が行われます。治療にあたっては、抗がん剤による化学療法の効果判定や、手術による切除部位を決定する際にも、画像で患部の状況を把握します。手術後も、予後を判断するために画像による診断が欠かせません。光超音波3Dイメージング技術もまた、撮影装置を作るだけでは本当の意味で“使える技術”にならない。診断の流れ全体に関わるシステムを作り上げていく必要があるわけです。

こうした中でKIIには、「ImPACT」でキヤノンと慶應義塾大学が共同研究を行い、特許の共同出願をしていたことを接点として、会社設立や事業化に向けたロードマップの構想段階から相談に乗っていただいています。

相磯:我々もさまざまなベンチャーキャピタルの方とお会いする中で、利益のためではなく、世の中のために技術を発展させていこうという志が大切だと感じています。その意味でも、KIIや京都iCAP(京都大学イノベーションキャピタル)は、お互いにアイデアを出しながら伴走していける、本当にありがたい存在です。

相磯貞和 代表取締役(右)と、八木隆行 取締役CTO(左)

八木:我々のモチベーションは、この技術を「早くほしい」と言ってくれる人たちに届けること。でも、ここで焦って結果を求めすぎると、技術やニーズを潰してしまうことになりかねない。大手メーカーなどによくある話ですが、新技術を市場へ投入しても、市場が未成熟で育つのに時間がかかり、計画がストップしてしまうことがある。でも、CT、MRIといった現在の画像診断技術の例を見ても、技術が発明され人体撮影されたのは1970年代で、そこから数十年もの時間をかけてきた結果、今の形があるわけです。この新技術が既存の診療システムと同様のポジションに育つには、同じだけの時間がかかるでしょう。だからこそ、先端のユーザーである医師と患者様、先端技術者が互いにコミュニケーションを取り合いながら、この技術を育てていく姿勢こそが、何よりも大切だと思います。

相磯:私が医学部を卒業した頃は、超音波検査やCTはまだ開発されたばかりで、胃カメラも管の先にフィルムカメラが付いているような状態でした。それが現在では赤ちゃんの顔を3Dで画像化できる超音波エコー技術や、内視鏡のビデオスコープシステムとして世界的に普及している。この光超音波3Dイメージングも同じように、世界中の患者の方々に届く技術に育てていきたいですね。

八木:今後の見通しとしては、21年には研究機関向けに、その翌年には医療機関向けの発売を目指しています。その先の目標は、いずれも医療分野で数十年の歴史を持つ超音波検査、CT、MRI、SPECT/ PET(単一光子放射断層撮影/陽電子放出断層撮影)に続く“第5のモダリティ(画像撮影技術)”を確立すること。さらに技術の面で、今後は動脈と静脈を色分けしたり、将来的には身体の中をフルカラーの画像で表現してみたい。未来に向けて着実に、この技術を育てていきたいと思います。

【公式サイトへのリンク】
https://www.luxonus.jp/