日本発、イヤホン型ウェアラブルデバイスの新機軸

日本発、イヤホン型ウェアラブルデバイスの新機軸

一人のスノーボーダーの発想が生み出したイヤホン型ウェアラブルデバイス『BONX』。
「ヒアラブル」と呼ばれる注目領域からコミュニケーションのあり方が鮮やかに変わる。
慶應義塾大学の研究者とともに“その先”を導く日本発、異色スタートアップの未来ビジョン。

「ヒアラブル」で目指すコミュニケーションの地平

『BONX(ボンクス)』とは、僕たちが展開するハードウェアのデバイスとソフトウェアのスマートフォンアプリ、そしてその裏にあるシステムが組み合わさったプロダクトの名前でもあります。ごく簡単にいえば、片耳に装着するデバイスとアプリを組み合わせることで、携帯電話の電波が届くところであれば、スノーボードや自転車によるツーリング、SUP(スタンドアップパドル・サーフィン)などアウトドアの過酷な環境でも、操作をせず話すだけで発話を検知し、最大10人のグループ通話ができるというものです。
発想のきっかけは、自分がスノーボードをしていて「こんなものがあったらいいな」と感じたこと。冬は日本、夏はニュージーランドやアルゼンチンと、学生時代を通してスノーボードに明け暮れていました。その後、いったん就職したのですが、ある日、ニック・ウッドマンというアメリカのサーファーが開発した革新的なウェアラブルカメラと出会いました。彼は自分がサーフィン中に見ている景色を気軽に撮影するために小型で防水、耐衝撃のカメラ『GoPro』を開発し、瞬く間に世界を席巻してしまった。僕も実際に使ってみて、動画を撮り、それを友人たちと共有することで、スノーボードの楽しみが大きく広がるのを感じました。そして、自分も同じように個人の目線で新しいものを開発できるはずだと思ったのです。
例えばスノーボード中に仲間とコミュニケーションを取る場合は、お互いがスピードを緩めて話しかけたり、携帯電話やトランシーバーを使うのにも、わざわざ取り出して操作をしたりと、何かしらのアクションが必要になります。そこで、こうした面倒な作業なしで通話ができるツールがほしいと考えました。
ちなみにウッドマン自身はエンジニアではなく、作りたい熱意やイメージを伝えることでチームを動かすタイプです。自分の場合も同様に、優秀なエンジニアやデザイナーが集まり、強力なチームを結成することができました。おそらく「これを作ったら売れる」という話ではなく、「一人のスノーボーダーが自分の欲しいものを作ろうとしている」というストーリーに、みんなが共感してくれたのだと思います。

スノーボード中の着想から生まれた、革新的な通話機能

こうした経緯で、会社を設立したのが2014年の秋。翌15年末にはクラウドファンディングを実施し、日本国内のIoTウェアラブルデバイスとしては最速ペースで支援を集め、発表したのが最初のプロダクト『BONX』。その1年後に完成したのが、現在発売中の『BONX Grip』です。
これまでの通話手段との違いを一言でいえば、“常につながっていて、いつでも会話できる”という体験自体が新しい。コミュニケーションの世界では基本的に、手間やコストと頻度は反比例します。手紙の時代にはたまにしか書かなかったものが、電子メールの登場で1日に何度もやりとりができるようになった。同じことを通話デバイスに当てはめるなら、トランシーバーは大きいデバイスを装着した上で何らかの操作が必要なため、話す内容はどうしても業務的なことや大事なことに限られてしまう。でも『BONX Grip』は耳に装着できて、発話するだけですぐにつながるため、より気軽で自由なコミュニケーションができるようになるのです。
もちろん、実現に至るまでの技術的なハードルは数えきれません。例えば電波。ネットワーク上の音声通話技術「VoIP(Voice over Internet Protocol)」を屋外の不安定な電波環境で活用した前例がなく、試行錯誤を繰り返しました。また、音声で操作を行うにあたって苦労したのは、UX(ユーザーエクスペリエンス)の設計です。音が聞こえなくなったときに、相手が黙っているのか、音量が小さいのか、電波が切れているのか……といったことをユーザーにどう伝えるか。ハードウェアの面でも、自転車などでは耳に当たる風が時速30キロを超えますが、そのノイズをいかに構造的に軽減し、快適な音声環境を確立するか。
重要なのは、メインのアクティビティの邪魔をしないで新しいコミュニケーション体験を提供すること。そしてその機能を、格好いいデザインと両立させること。エクストリームスポーツならではの発想かもしれませんが、会社のカルチャーとしても、ここは妥協できない点ですね。

新たなコミュニケーション体験で、より自由な世の中へ

こうした取り組みに加えて、現在はAR(拡張現実)技術などを研究している慶應義塾大学理工学部の杉本・杉浦研究室と新たなコミュニケーション技術の開発を進めています。『BONX』をはじめとするいわゆる「ハードウェアスタートアップ」にはまだビジネスの方法論が確立されておらず、尻込みする投資家の方も多いところ、KIIの山岸社長には投資家目線だけでなく『BONX』のユーザー目線からも応援していただき、たいへん心強い限りです。
『BONX』のユーザーは、ウィンタースポーツから自転車、カヤック、釣り、ランニング、サバイバルゲームなどのスポーツのほか、建設現場や商業施設などでインカムの代わりに導入していただいている例も。大手企業によるトライアル使用など、B to Cに加えてB to B展開の可能性も広がりました。海外からの反響も大きく、この4月にBONX North America Inc.を設立するなど、グローバル展開で「これはいける」という手応えを大いに感じています。
一方で、世界初の防水耳掛け式補聴器やデジタル補聴器などを開発した株式会社リオンとも、業務提携を結びました。補聴器は「ヒアラブルデバイス」の呼び名で近年注目を集めている聴覚領域のウェアラブルデバイスの先駆的な例ですが、『BONX』も同じように、装着している感覚を極限までなくしていくことが目標です。自分の身体だけの感覚で、遠く離れた人といつでもテレパシーのように話せるようになればいい。それが、究極的なイメージですね。
つまり、僕たちが届けたいのはモノではなく、“新しいコミュニケーション体験”そのものです。『BONX』も使う人が増えるほどに、新しいコミュニケーションやカルチャーが生まれていく。その先に何が起きるのか、それはわかりません。でもそのことによって、世界をもっと自由で楽しいところにしていけるはず。そう確信しています。

【公式サイトへのリンク】
https://bonx.co/